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日本舞踊と田楽

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日本舞踊と田楽

日本舞踊はさまざまな芸能から影響を受けて今日の日本舞踊の姿がありますが、今回は日本舞踊が影響を受けてる芸能の一つ、田楽という芸能を皆様と一緒に学んでいきたいと存じます。


田楽とは

田楽とは、楽と踊りなどから成る、平安時代に成立した日本の伝統芸能でございます。

成り立ちは諸説ありまして、田植えの前に豊作を祈る田遊びから発達した、あるいは渡来のものである、などの説があり、成立の由来は未解明の部分が多いということでございます。

それでは、田楽がどのような芸能かと申しますと、以下の共通点があるようです。


びんざさらを用いる

びんざさらというのは、編木、拍板とも書き、竹、あるいは木の薄片数枚から百枚前後の上部を紐で束ねた楽器です。アコーディオンのように開いたり閉じたりすると、板と板が触れ合って音を出すということでございます。

田楽の特徴と歴史

腰鼓などの特徴的な太鼓を用いる。

風流笠など、華美、異形な被り物を着用する。

踊り手の編隊が対向、円陣、入れ違いなどを見せる舞踊

ということでございます。

その田楽でございますが、1096年の永長元年には、永長の大田楽と呼ばれるほど、京都の人々が田楽に熱狂したそうでございます。

その様子が書かれている、洛陽田楽記という資料によれば

一城の人、皆、狂えるが如し

と評されているぐらいの熱狂だったそうにございます。

鎌倉時代以降の田楽

鎌倉時代にはいりますと、田楽に演劇的な要素が加わり、田楽能と称されるようになったそうでございます。


新歌舞伎の高時でおなじみの、北条高時もその地位を退いてからは、田楽を愛好したそうにございまして、当時の田楽の人気の高さが窺えます。

そして室町時代に入りますと、室町幕府の4代将軍の足利義持は、田楽法師の増阿弥という方の芸を好み、これを後援したということでございます。

増阿弥という方は田楽能の名手として、能の創始者である世阿弥と人気を争うほどの役者であったと、今日まで伝えられております。

田楽は一時期、能楽の母体である猿楽よりも高い人気を得ていた時代もあったそうでございますが、大和猿楽の興隆とともに衰退していったということでございます。

しかしながら、能の創始者の世阿弥は、「当道の先祖」として、田楽から一忠という方と、喜阿弥という方の名前を挙げているそうでございます。

このことから、田楽が現在の能の成立に強い影響を与えたことを鑑みますと、今日の日本舞踊の姿は、田楽からの影響も強く受けているのではないかということが窺えます。